AI頼り/名前を付けられないことの意味
夏を超えて伸び放題になっていたガイラルディア、まだ花を咲かせてはいるもののだいぶ落ち着いてきたので思い切って刈り込んだ。また来年、たくさん花を咲かせてくれるといいな。とはいえまだしばらく咲いていそうだけど。
技術書ライブラリーの店番をしながら、CVE-2026-98432関連の調査をしたりSvelteKitのバージョンアップ(2→3)をしたりしていた。どれもAIに頼りっぱなしで、もうAIを使わずに仕事することを考えるのが難しくなっているなあと最近思う。気が付くと世の中が変わっているというのをこれだけ短いスパンで体験するというのはなかなかないことではあるよな。普及速度が速い。
それにしてもここ数週間、セキュリティ関連でやることが多すぎて、大事なことではあるんだけど本当にやらないといけない/やるべきことができていないような気がしてしまうのは致し方ないことなのか。今まで以上に、継続的に手がかかることを織り込んでおかないとダメだろうなあ。
誰も認識しなければ存在しなかったはずの脆弱性が、AIによって発見されることが増えてきており…。気が付くと増殖していて、都度対応を余儀なくされてしまう。もっともっと自動化できるところはしていかないといけないよな。
ここ数週間、名前を付けられないなーと悩んでいたことがあるんだけど、実は名前を付けられないこと自体に意味があるんじゃないか…と気付いたのが今日の転換点。意味と見せ方をうまいことしていきたい。会社の見せ方の話。