自分主導で書くか、AI主導で書いてもらうか
今日も湿度が低くてよい。秋の空気だなあ。
AI(Claude)を相手に、文章を練っては書き直すということをしていた。自分一人だと煮詰まってしまうようなことが、相手がいることで進みやすくなる。
限られたコンテキストで答えてくるので思考のジャンプは期待できないけど、あらかじめ方向性を雑に伝えておけば、それを満たしているか判断してくれる。便利な世の中になったなあ。アイデアも出してくれるし。今日やっていたのは自分が文章を書いて、AIに見てもらってというやり方。逆ではない。
もちろん文章をAIに書かせることもあるけど、自分(たち)のことを表す文章は自分で書きたい。うまく言えないけど、AIに書いてもらった文章は自分(たち)の文章ではない気がしてしまうんだよね(実際そうなんだけど)。そうするといつまで経っても愛着が湧かないし、どうでもいいものになってしまう。
そう考えると、AIに書いてもらえばいい文章とそうでない文章というのが自分の中にありそう。例えばお知らせのような、客観的事実に基づく文章であればAIに書いてもらって自分が手直しをする。個人的な文章だったり、会社の顔になるような文章は自分で書いてAIにレビュー役をしてもらう。うまく一緒に文章を紡いでいきたいものではあるな。手ざわりのよい文章を紡ぎたい。
(ちなみにこのサイトの文章については、AIはノータッチだし今後もその予定。自分の手で書くための場所だと思っているし、そうでないと意味がない)